極真空手とは?

極真の精神

極真とは、『千日をもって初心とし、万日をもって極みとする』という武道の格言から発した名称です。

完成はないと言われるほどの、厳しく険しい武道の真髄 を極める意です。

極真会館に伝統的に受け継がれている精神である、「頭は低く目は高く、口慎んで心広く、孝を原点として他を益す」 とは、創始者である故大山倍達自身が、長年の厳しい修行人生の中で確立した極真精神です。

また一方では、極真の挨拶『押忍』の精神には、尊敬、感謝、忍耐という精神があります。

心身を錬磨すると同時に、伝統や礼節を重んじる極真会館での修行が、実生活に活かされると信じます。

空手は武道である

すべての武道は、いずれも厳しい自己修練を課し、その奥義を極めることによって自己の人格形成、すなわち人間としての正しい道を極めることを目指すものです。

極真空手は、この武道本来の意味を全うすることを本義に置いています。

また直接打撃制、無差別による実践的空手を通し、相手の痛みを知ることによって、人間本来のやさしさを知るという理念も、極真の信ずる道です。

■ 空手の定義
点を中心に円を描き線はそれに付随するものなり

■ 空手の生命
空手の生命は組手にあり 組手の生命は基本にあり

■ 型の三要素
技の緩急・力の強弱・息の調整

極真会館道場訓

一、吾々は心身を練磨し、確固不抜の心技を極めること
私達が空手を修行する目的は、自分自身の体と心を鍛えることにあり、真剣に稽古にうちこむことで、どんなことにも動じない心と強い精神を習得していかなければならない。

一、吾々は武の神髄を極め、機に発し感に敏なること
私達は、武道としての空手の道を徹底的に追求していくことで、どんな状況でも臨機応変に対応する力と相手の心を理解する思いやりや優しさ、どんなことにも素直に感動できる心を身につけなければならない。

一、吾々は質実剛健を以て、克己の精神を涵養すること
私達は、自分自身を飾ることなく、真面目で素直に空手の修行に打ち込むことによって自分自身に打ち勝つ強い心を養っていくことを心がけなければならない。

一、吾々は礼節を重んじ、長上を敬し、粗暴の振る舞いを慎むこと
私達は、礼儀を身につけ、目上の人を敬い、人前で空手の力を誇示するような行動をとってはならない。

一、吾々は神仏を尊び、謙譲の美徳を忘れざること
私達は、人間の力が及ばない自然や宇宙の摂理を重んじ、神や仏を敬い、相手のことを大切にし自分を謙遜する態度を忘れてはならない。

一、吾々は智性と体力を向上させ、事に臨んで過たざること
私達は、空手の修行によって知性と体力を向上させ、どんな状況でもあせらず冷静に対処できるようにならなければならない。

一、吾々は生涯の修行を空手の道に通じ、極真の道を全うすること
武道としての空手の修行は、一生かけて追い求めるものであり、一生を通じて極意に一歩でも近ずこうとする姿勢、それが極真空手の本義である。

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